2015年8月19日水曜日

家族の座。深海にある愛に触れる旅。

先日、”家族の座”ファミリーコンステレーション 略してファミコンなるワークショップに参加してきました。

今年の4月ごろからその名前を聞き始め、、”ううーん、まだでしょ!”と参加を渋っていた私ですが、6月後半から俄かに、”家族の座”の話題が急増。。7月半ばに、集中攻撃をうけて、そうか、そのタイミングなんだな、と覚悟。そして、やってきたお盆ど真ん中の”家族の座byヤショダ”

ファミコンに参加すると決めてからというもの、実家は大荒れ。こんなに頻繁に連絡をとりあったことなんて、何年ぶりだろう。しかも前日には訳あって10年くらい音信不通だった叔母より電話。。という家族非常事態宣言状態。ほんと、タイミングはばっちり、と言えるでしょう・・・。

”「家族の座」は 他の参加者 の協力を得て家族の中にある“エネルギーのもつれ”を解いてゆくワーク。 ⇒それを、”座をひらく”と表現されます。

家族を構成する一人一人がどんな「役割」を演じ また、どのように影響を与え合っているのか
その(背景)にあるものは何なのかを探ってゆくうちに次第に ハートの次元での理解が深まってゆき 心からの癒しが起きます”

詳細はこちら⇒⇒http://ww36.tiki.ne.jp/~j-shanti/osho_contents/family/index.html 

私の場合、小さなころから、突然ぼーっとして、人間でないような浮いた感覚を体感し”あれ?私、人間なの?”なんて不思議な感覚を持ち続けてきました。
居場所がない。ベースはどこなのか。突然、自分がどこかに飛んで行ってしまうような心もとなさ。
そして、今の家族の問題と共に、根本をみてみることになった。

他の参加者は、自分の家族の代役をしてもらい、まずは、直観で、フィールドに家族を配置する。

私、母、父。

そして、でてくる他の家族たち。であったことのない家族も出演して、、、

ヤショダのナビゲートと、感性、深い洞察により、私の理解の範囲を軽く飛び越える現実が掘り起こされた。

自然に、しゃくりあげるくらい、大号泣しながら、”私は、、、”と言葉にすると、私の足の力がもどってきた。

”人間だったんだ、私”  自分自身が間違いなく、今までの先祖からのギフト。
さすが、お盆。先祖のサポートをバンバン感じた。

さて、他の参加者の方の家族の座では、私も代役をつとめた。

そのグループの中では、本当の家族の物語が、代役を通して再現されていく。
私の中に、他の人物の繊細な感情や動きが現れる。涙さえもでる。

もちろん、座を離れれば、私は、私にかえる。その感情や体験は、その他の参加者の家族のものだから、残ることはない。

今回の参加者の家族は、どの家族も全くベースが違うし、配置も違う。現実も違う。
でも、何か、奥に、共通した何かがある気がした。

そう、波だった現実・水面の奥深くに、まだ光の当てられていない宝箱・真の愛、がある。

時代のために。 突然の別れの為に。 一度の誤解のために。 愛が見えなかったために。。

家族の糸はもつれ、正常に、美しい織物をおれなくなっていた。

私たちの、解決の糸口は、まず、問題を客観的にうけとめること。
そこで感じた感情を、悲しい⇒悲しい、のまま、受け取って、認めること。

家族の座、は、真実の愛に気が付くための、深海への旅。
私も、その家族という宝物に、やっと、気が付いたところです。

ちなみに、猫の代役、タントラの代役、など、人以外の代役も務めましたが、ほんと興味深い経験だった。

とくに、人の代役のときは、すぐに出てこられたんだけど、猫の代役の後は、長い時間、猫の感覚から抜け出せなかった。
抜け出せなかった、というよりも、抜け出したくなかったのかな、って今思う。
なにしろ、猫って、ほんと素直で、かわいくて。野性だー。
今、の感情のまま動いていく。後悔も不安もないの!
その状況が猫にとって納得のいかない切ない状況であれ、その感情をそのままうけとって感覚のまま生きるってことは、気持ちのいいことだった。猫であるのは、快感。だから、長く抜け出したくなかったんだな、私。



”家族の座”を開く経験は、私にとって、根本への激震という感じ。
まだ、変化のエネルギーをお腹のあたりに感じ続けている。

根本解決したい自分の癖や、家族の長年の問題、家族以外にも自分と仕事、など自分と何かの関係をみたい方に、とてもおすすめのワークショップです。

私も、今回のように、合図がきたら、また家族の座をひらきに行きたいと思う。
いつか、私も、こんな深い愛に気が付くようなワークショップを開いていきたいなぁ。

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