2014年9月20日土曜日

タンケ お産を語る。 ”みんなのお産 39人が語る「お産といのち」”紹介

こんばんは。
2012年の冬のこと。沖縄に移住する直前でした。
当時、産科医になって1年目でしたが、ご縁があって、私が感じた、お産といのちについて語る機会をいただきました。


お尻が!!たべちゃいたいくらいかわいい、この表紙。
出産育児研究者のきくちさかえさんの編著で、ミシェルオダン先生、池川明先生やあの吉村正先生まで、様々な立場から感じるお産といのち。
*さかえさんには、REBORNスタッフにも任命してもらいました。


なぜ、私が今、産婦人科医をしているのか・・??

医師になった当初、私は小児循環器内科を志望し、初期研修の病院では小児科中心に学ばせていただいていました。
しかし、医師2年目の8月後半に、激務と食生活の乱れから、突然、虫垂炎になり手術。
ぽっかりと2週間あいたお休みで、”私このままでいいのか?”と。
虫垂炎のおかげで、今の私を感じなおすきっかけができたのです。
私の最初の理想は、80台まで町医者をしていたおじいちゃん。
そうだ、家族丸ごとみれる医者になるぞ!と思いなおし、3年目に長野の諏訪中央病院の後期内科研修へと進みました。。

はじめは燃えた内科診療も、集中治療室での治療や緊張状態、死の負担が身にダイレクトにこたえます。うん、本当に、この世界で医者をするのは、難しいことなのだ、と。

そんな中、パートナーの連れられていった、運命の会。
長野女神山ライフセンターで行われた、吉村医院の吉村正先生を囲む会。
輪になって、ただ、自己紹介をしただけなのに、ぽかぽかした心地よさが残って。この吉村医院ってなんなの!?って興味がわきました。

どうしようもなく、気になって気になって、一人のりこんだ、吉村医院。←愛知県岡崎にあります。
その時に、傍につかせていただいたお産は、はじめ、ことばにできないくらいよかった。
上の写真には、その時に感じた気持ちそのまま、書かれています。

それまで、病院のお産は怖かった。

・・・私は、ここから生まれてきたの?
会陰は麻酔をされ(ないこともあった!)当たり前のように切られ、赤ちゃんは血みどろのなか生まれてきて。
すぐに母から遠く引き離されて、大号泣の赤ちゃん。あら、元気でいいね、とは感じられなかった。
まるで、”まぶしいよ、お母さんはどこ?さみしいよー!”って聞こえたのですが。

でも、吉村のお産は、本物だって感じた。ちゃんと、お母さんと赤ちゃんのしたいこと、助けている。

それでも、その時点では、家族もわかるしなやかな小児科医になる気持ちだったけれど、お産が頭から離れないのだから仕方ない。

小児循環器で教えていただいたことも、総合診療・循環器内科のことも、荒れた救急当直で鍛えられた日々も、私が生活している中で養われる感性やアイデアも、なんでも取り入れられる分野であることに引き寄せられて、こうして産婦人科医となりました。

どの場所にも命の循環がある。
今ある全ての医学も、全ては、人が喜びながら生きるためのお助けをするという目的だったはず。
西洋も東洋も、統合医療といわれるものであれ、その人が幸せになるのであれば、つかったらよいのよ、争わなくでいいのよ、って純粋に思っていますが。
どの分野も、偏りなく、ここにある全てで、大きな一つを構成しています。

また、お伝えしましょう♪

とにかく、こんな想いで載っています~とにかく、”みんなのお産”、おススメです!
amazonで購入できちゃいます。下記リンクより。ちゃっかり。

http://www.amazon.co.jp/DVD%E4%BB%98-%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%94%A3%E2%80%9539%E4%BA%BA%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8B%E3%80%8C%E3%81%8A%E7%94%A3%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A1%E3%80%8D-%E3%81%8D%E3%81%8F%E3%81%A1-%E3%81%95%E3%81%8B%E3%81%88/dp/4768435327

2014年8月 エジプトの旅 ⑤ルクソール編

ルクソールには、2泊していた。とまったのは、ルクソール神殿の目の前にある、ホテルネフェルティティ。場所は、観光に、ゆっくりするのに申し分ない。ツアーのアレンジや、空港への送迎もしてくれる。

午前中はデンデラ・ハトホル神殿にいきましたが、ルクソールに帰宅してすぐに立ち寄ったのは、有名なカルナック神殿。
ここは、2000年の歳月をかけて歴代のファラオによって建築されたアメン信仰の聖殿。古代エジプト最大の神殿複合体です。ルクソールは昔、テーベと呼ばれ、新王国時代(BC1570-1293)にさかえ、後半には、ツタンカーメン王も含んでいるよ。


ここにたどり着くまでに、100メートル以上炎天下を歩かねばなりませぬぞ。
そんなに簡単にいけません!しかも、ダンジョンみたいに、モノ売りさんたちに声をかけられまくる。
スフィンクス
 カルナック神殿の本殿と、実はルクソール神殿は、このスフィンクスに両側を守られた道で続いていたのだ。えらい規模。1km以上あると思うのに。

第1中庭の様子。

 アメン・ラー神殿の列柱室内部。巨大な柱の左右にオベト大祭の模様を描いている。
お祭り柱なのね♪
オリベスク!
 トトメス一世とハトシェプスト女王親子のオリベスク。権力!って感じですね。天空を狙って。

 ちょっと悲しい気分になるのですが。。

 1像1像、本当に大きい。
 古代の兵士を表している。
実は、古代人、これくらい大きかったのではないかしら。普通の人の規模じゃない。
あつすぎて、スカラベ像までたどり着けなかったのですが、相当満足しました。
ここは、日本でいったら、諏訪大社的なエネルギーでしたよ~。

 カルナック神殿をでるとすぐに、馬車のおっちゃんが現る。
交渉している間に、目の前のお土産もの屋の前で馬が大量に尿をして、ちょっと喧嘩になっていた。 そりゃ、こんなに量してほしくないよね。でも、すぐ乾きそう。

 ホテルに帰宅の道は、ナイル川の横。おっちゃんの片言の英語で、解説をなんとなくうけながら、たまに聞き流しながら。
こういう応答、うまくなった。
エジプト料理
 この旅、唯一のちゃんとした料理店での外食。
野菜のタジン、ゴマのタヒニ、パンと、奥にひよこ豆のスープ。
タジンはトマト風味で鉄なべで熱されて登場。これが美味しかった。
ゴマのタヒニは、ちょっと酸っぱく味付けされていて、パンにちょうどいい。
ひよこ豆のスープもあっさりと、日本人受けする味。やさしい。

夕陽
 ホテルの屋上はレストラン。空が天井。そっか、雨ふりませぬものね。
ナイル川に沈む夕日は、赤かった。

 徐々に暗がりに。ルクソール神殿と夕陽は、絵になる光景。
エジプト最後の夜、ありがとう。

 ルクソール神殿がライトアップされてきた。月もこんばんは、です。

 明けて、朝日!
同じ太陽なのに、違う表情。最後の朝だ。

スーク(市場)の上に、朝日。
また、エジプトの街に、喧噪がはじまる。

そして、私たちのエジプトの旅がおわった。

見てきた神殿は紀元前3000年以上のものもあれば、新しくとも2000年以上たったものばかりだった。
古代エジプト人、あなどるなかれ。
現代人でも困難なことを、何かに導かれてやりとげ、今まで保存され、多くの人にワクワクを与え続けている。
漠然と、、古代エジプト人は、宇宙人と協力していたな、と解釈。
ハトホル女神が怪しい、よね。

ベスに会えたのもうれしかったな。産科の神様も、堂々と神殿に保存されているなんて、いいよね。

エジプトにくらべ、日本は水に恵まれ、人々もおだやか。タクシーでぼったくられず、どのホテルも高性能。暮らしやすい場所にいさせてもらっている、と本当に感謝。

沖縄に帰ってきたら、体調もより好調。なんたって、エジプト40度近いなかで動いていたので、30度ちょっとの沖縄が涼しくかんじるもの♪夏もおりかえしですね。

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旅は、いつもの日常に違う視点をくれる。世界を広げてくれるもの。
だから、帰宅したのではなく、違う場所に進んだ気になる。とくに常識を覆すような体験・場所にいくほど、その感覚を強く感じる。
そう、みんな、旅の途中を生きている。


2014年8月 エジプトの旅 ④デンデラ・ハトホル神殿編

この旅の中でも、必ず行こうと決めていた場所であるハトホル神殿。
ルクソールの宿から、半日ツアーで片道1時間半かけて、念願の場所へ。

川の横に育つ花たち。
 砂漠の花は、色鮮やか。太陽に似ているのか。水が少ない花たちは、自力で生きていこうってエネルギーがある。やっぱりこの日も快晴だった。

ハトホル神殿にはいる外門
 王様と、真ん中はハトホル女神、右は夫のホルス。
この神殿は、この3人が中心に据えられている。

ハトホル神殿の本殿
 ほぼ完全な形で残っている!
ハトホル女神
 崩れた柱から切り出された女神。ハトホル女神は、母乳の豊富が豊富に得られる牛の化身とされ、耳は、牛の耳みたいにとがってる。懐かしい優しい表情。
でも、牛って言われなかったら、一見、宇宙人にも見えるよね。
ベス!!
 でた!ベス! 実は、古代の産科医の神様。ハトホル神殿には分娩の部屋もあったようで、産科には特に関係している神殿だったのです。行って、納得。
ベスは、最初は産科の神様としてだけだったのが、後々、祭りやダンス、めでたいこと全体をつかさどる人になったんだって。イイね!

授乳室の壁
 本殿に向かう道の右側にある授乳室の神殿。
王様がハトホル女神から授乳されていた、という話にして、王様を神格化していた。
イシス、ホルス、に引き続き、要所に授乳風景の絵をよく見る。

コプト十字
 旧キリスト教の教会も存在していた。コプト十字は、縦横が均等。
周りは蓮の花でかこまれて、なんだか、乙女な雰囲気で。

healing room
 神殿はなんでもセンターだったようで、ヒーリング専用の場所も用意さえていた。
祈祷所みたいな?氣を整える場所ってことね。そりゃ~もう、高神官がいただろうから、効果抜群だったんでしょう。

水浴び場
本殿の真横にきまして、ここは、身を清める場所。男女一緒に神聖な水で清めて、本殿へ。
15m四方くらいの巨大な場所です。にぎやかだっただろうな。

アンクを浴びる王様
 両側から使者によりkey of life アンクを授かっている王様。
今までは食べさせられる像ばかりだったけど、なんとここでは水浴び!
そうか、エジプトでのアンクは、水。ナイルの水があったから、自然も人も、生き延びてこられた。
だから、水として絵では扱われているんだ。

本殿内部
 この神殿が、一番、色彩鮮やかに残っている。
本当に見上げると首が大変なくらい高い天井。
なのに、びーーーっしりと描かれている。
美しい次元超えちゃっているよ~。

天井
 藍色、が一番近い色。天井は空を守るヌウト神の胴体でもある。
太陽はヌウトの体を通り、夜には大地の神ゲブの中をとおって、また朝になる。ヌウトとゲブは兄妹神であり夫婦。

本殿奥の間
 差し込む光がこんなになるなんて。普段かんじないモノも見る事のできる場所。美しい。

楽器ふいてる?
この王冠はホルスかな?神様はいろんな姿になって描かれる。

2階のミニ神殿
 なんと、ここは、二階建てです!
ハトホル女神に守られたミニ神殿は、瞑想部屋のような役割をしていたか、重役の会議につかっていたのか、はたまた、飲み会に?

デンデラ一望
 神殿の2階が、一番高い場所。
抜けるように輝く空。

神様のカレンダー
 天井に掘られた円形のカレンダーは、四方の女神と、その中に別の神様を配置して、方位と365日を表している。

階段
古代の人は、なんでも出来たんだね。階段のこの正確さといったら。

☆ハトホル神殿は人々に非常に大切に扱われていたんだと思う。こんなに綺麗に保存されている。俗っぽくなく、氣もよごれずに。
ハトホル神殿は日本でいうと、伊勢神宮っぽい雰囲気。水、女神、再生、氣を補う場所。
懐かしくって、きてよかったな、って純粋におもった。


お次は、ルクソール!

2014年8月 エジプトの旅 ③エドフ・ホルス神殿編

アスワンのホテル前に停車していたヌビア人のお兄ちゃんをつかまえ、ルクソールまでのタクシーチャーターを頼むことに成功。なんと、喜んで、途中のエドフ・ホルス神殿にも寄ってくれるとゆう。
300エジプシャンポンド(日本円4500円なり)で交渉成立。エジプトではタクシーに乗る前に交渉することが鉄則なり。

エドフ・ホルス神殿
広大な広場に、突然現れる巨大な要塞。それが、はじめの印象だった。
作りは、同じくプトレマイオス時代につくられたイシス神殿ととてもよくにている。
古代エジプト神話では、ホルス神とセト神(砂漠の戦いの神)がこの場所で戦ったとも。
当時、ホルス神はギリシャ神話のアポロンと同一視されたため、崇拝の対象になっていたらしい。
場所はちがっても、崇める対象は似ているよね。

柱も立派 上にはホルス神が守る
 驚きばっかり。どうして、こんな巨大なものに、細かいレリーフをほれるかな。

外門
相当でかい守りの外門。

外門の天井部分
 一部、青い色彩が残っている。羽を広げる守り神発見!とにかく細かく繊細なレリーフが印象的。

本殿
 いよいよ、中にお邪魔します。外門から本殿までの距離も100mくらいあるのでは。
きっと、当時は、この神殿に、いろんな人があつまり、話、おどっていたんだろうな。
同じくらい青い空のした。同じ太陽に照らされてさ。

ホルスと一緒にとびました
ホルス神の像は可愛い顔して、 ヒトの2倍の大きさ。
表面はなめらか。あら、やどっていますね、と思う。

ホルスの守る太陽の船
 アークを運ぶ、太陽の船、とみた。本殿の真ん中に鎮座しているのが、船っていうのがいい。
とくにこの砂漠の街には、水とかかわり運ぶことの出来る船が、命=アークを守るものの代表にもなっていたのだと思う。
イシス神殿もそうだったけど、本殿の中心にエネルギーがあつまるようにできているらしい。

左のホルス神がアンクを授かっている
 いくつかのパターンで、アンクを授かる様子が描かれている。
アンク=生命。
神殿は、生命を活性化させる場所として癒しの中心になっていたのか。暗号は、波になり、その場所のエネルギーをあげる力をもつもの。神殿の神官達の仕事を助けていたはず。

かわらず、こうやって美しい光が差し込んでいただろう・・きっと、私と同じ位置にたち、そう思う人がいたはずだ。

赤ちゃんホルス神に授乳中のイシス神。
誕生殿の裏に、ひっそりと美しく刻まれている。

ほかの見学者は2-3人で、ゆっくりと味わうことができた。
ホルス神も好きだな~。男性的でかっこいいです。

2014年8月 エジプトの旅 ②アスワン・イシス神殿編

カイロからアスワンに南下すること1時間。
でも、飛行機が③時間おくれることになり、サービスでピザとスプライトがでてきた!
昼食が食べれなかったので、ありがたくいただく。

飛行機から、ナイルをながめる
自由な川の流れ。何も、しばられない、穏やかなナイル。
空の上からみてわかったのは、ナイル河のまわりしか、集落も緑も、道もない。
”エジプトはナイルのたまもの”という言葉は、本当です。
日本は、川にも海にも恵まれすぎて、水の有難さには疎くなってしまっているけど、この光景をみると、水って大事!と手を合わす。雨だって、ほっとんど降ることがない、大地。だから、雲もないんだよね。

イシス神殿
イシス神殿は、アスワンハイダム上の島にある女神の神殿。プトレマイオス時代(BC290-AD30)に建てられ、比較的新しい、との情報。
市内からは20分くらいかかる場所にあります。フィラエ島の上に建ちます。
この神殿は、イシスがホルスを産んだ場所、としても知られている。水の上、というのがいいよね。

 key of LIFEをさずけている図
エジプトの女神、イシスとハトホルは、本当によくにている。イシスは頭上に椅子をもち、ハトホルは太陽に角をもっている。だから、この壁画は、ホルスとハトホルなんだと思う。

ちなみにホルスの父はオシリス、母はイシス。
父オシリスは再生と復活の神。
イシスは、ホルスの母ということで、母性の象徴ともみられるけれど、使者の保護者としても認められている。アンクは食べさせるものなのかな?失われたアーク、も思い出す。
今後の神殿でも、このアンクを、何度も目にした。

赤ちゃんのホルス紙を抱くイシス

お産をした場所、ということで、こんな壁画もある。神聖な行為として授乳風景がえがかれたのだろう。かわいい。

いたるところに、古代エジプト文字と神様。
様々な意味を含む儀式が表現されている。ほんと、時間かかっただろうな。魔法でもないと、できないとおもうので、エジプトに錬金術があっただろうと推測。妄想。

神様や王様にギフトをおくる。ここの壁画はもう色はぬけていたけれど、壁の相当上の方は、うっすらと残っていた。
そんな細かな場所をみつけて、壁画の意味を創造するのも一興。

ヌビア人巻きをされた、の図
とにかく、水の近くは体が楽!
ヌビア人(エジプト人でも、アフリカンでもなく、この地域に住むヌビアという部族の人)の巻き方を無理やりされた。チップほしそうだったけど、こっちからの要求ではないので、なんとなく笑顔でかわしてみることに成功。

イシス神殿には、渡し船でいかなければならないのですが、本来は10人くらいのって、一人10エジプシャンポンド・・でも、4人しかいなかったので、1人50、と高い値段であきらめることに(っといっても750円ね)。チップは、made in JAPANのボールペンを渡すことにしたけど、とっても喜ばれた。
なんでも、日本製品は高性能なので人気なのだとか。でも、オクスリ屋のロゴ、しっかりはいってるヤツです、はい。

そして、アスワンから次は、ルクソールにむかって、タクシーチャーター!